わしが教えたる!父と娘の中学受験

塾に行くと遊んでくるだけになるに違いない小学5年生の長女とけ(愛称)に,何を思い立ったか受験指導を始めて没入している父と娘の記録(たまに別の話題も,そりゃぁ・・)

小説?書いたろうやないか。ミチルがやってきた(第1話)

 とけに国語を教えていて,これはこの物語,ここの情景描写に矛盾があるな,とか,これは解説の方が間違ってるんやないかと思うぞ。わしの答えの方が正しいね!とか言っていましたら,とけ,そんなこと言ったって,本なんか書けないくせに,と言いよる。このままではわしの話を聞かんようになってまう!

 わし,難しい人しか読まない難しい本(専門書)を何冊か書いていて,本屋(大きいところにしかおいていない)でも,難しい本コーナーに,邪魔っ気におかれているんですが,とけは,そんなものは「本」のうちに入らないらしいです。

 おっしゃ,分かったわぃ。書いたろうやないか。どんなんがええの?と聞いたら,面白いやつ,としか言わないので,とけが好きそうな「痛快もの」をこれでもかというくらい平易に書いて,とけの「信頼」を回復しようと思った次第です。

 とけに読ませてみたところ,早速自分を主人公に重ねてやがる(単純)。

 それでは,始まり始まり-

 

第1話 ミチルがやってきた。

「真野 満ちる」

 黒板に板書された文字の前で、そのコはいった。肩より少し長いくらいのかみを後ろで束ねた、一重の目が涼しそうな女の子。

「初めまして。まのみちる、といいます」

 たった、それだけ。転校生のあいさつなんだから、どこから来たとか、仲良くしてくださいとか、そんなこというのが普通だと思うんだけど、そのコはそれ以外何もいわなかった。

「はい、真野さんに何か質問ある人」

 大村先生がクラス全員に声をかけると、「どこから転校してきたの?」と清水君が手を挙げるのと同時にいった。

「カンサイ」

 真野さんは面倒くさそうに答えた。うーん、なんかおっかなそうだなぁ。清水君はせっかくみんなと仲良くなるきっかけを作ろうとしてくれたのに。

「ねぇねぇ、なんで、名前に送りがなあるわけ?ちょっとおかしくない?」

 クラスを取り仕切っているアケミがいった。取り仕切っているというか,そう本人は思っているし、僕らも逆らって面倒を起こしたくないと思っている、そんなタイプ。

 真野さんに聞いているような、クラスのみんなに向かっていっているような、どっち付かずの感じの言葉に、真野さんははっきりと答えた。

「おかしい?おかしくないけど。オトンが、名前に送りがなを付けてはいけないという法律はない、送り仮名を付けないという固定観念に縛られるのはきゅうくつで自由じゃないし、何より、個性的じゃない、といって押し通したみたい。ウチ、結構気に入ってるけど。ちゅうか、ジブン、人の名前、初対面でいきなりおかしくないとかって、そっ ちの方がよっぽどおかしいで」

 真野さんはよどみなく正論をいったんだけど、僕は、他のことで頭がいっぱいになってしまった。

(やっぱホンモノのカンサイ人じゃん。お父さんのことオトンとかいってるし。自分のことウチとかいってるし。で、他人のことジブンとかいってるし!)

 アケミは、何かいいたそうだったけど、チッと舌打ちをしただけでいすに座った。きっと後で嫌がらせのたくらみとかするんだろうな。女子って、そういうとこ、ヤだよな。

 ミナミちゃんにだって、あんなことすることないのに・・・。僕は、チラッとミナミちゃんの方を見た。ミナミちゃんはずっとうつむいている。ミナミちゃんは、1学期の終わりからアケミ達にいじめられている。僕らは見て見ぬふりしかできない。ミナミちゃんは、2学期になっても自分へのいじめが続くのか気が気じゃないんだろう。

「えーっと、真野さん、真野さんのこと、なんて呼んだらいい?」

ミドリが聞いた。ミドリは世話焼きタイプ。真野さんがみんなと仲良くなるように気をまわしてるんだ。

「いや、あんな、そんなん自分で考えてくれへん?誰をどう呼ぶか。それくらい自分で決めてぇな」

 真野さんは、せっかくのミドリの好意も一しゅんで無にした。ミドリは、恥ずかしそうに席に着いた。

 転校生の自己紹介は、最悪の雰囲気で終わった。真野さんの席は、僕の隣になった。ちょうどクラスの真ん中の席。真野さんが席について、僕に、「よろしく」といった。僕は、声をかけられると思わなかったので、「ンフ」と声にならない声を出してしまった。真野さんは、そんな僕に向かって、ほんの少し笑いかけてくれた、ような気がした。その瞬間、僕は、真野さんのことを、「ミチル」と呼ぶことにした。もちろん、面と向かってそんな風に呼びかけることなんてできないけど、心の中ではね。

 あ、僕はサトル。覚えるって字の、サトル。もちろん、送りがなは付いていない。

 ともかく、こうして、平成29年9月7日、僕たちの5年生の2学期の始まりの日に、ミチルは僕らのクラスにやってきた。

 

 1時間目が終わると、やっぱり始まってしまった。アケミが大きな声でみんなに聞こえるようにいう。

「あーれー、なんかくさくありませんかー?誰かくさい人いませんかー?自分でくさいと思っている人、おられましたら、お洗たくして差し上げますので、5年3組の日直の席までお越しくださいませー」

 アケミの取り巻きのヒナノ、ヨシコも声を張り上げる。

「もうがまんできないんですけどー、くさいんで早くしてくださーい」

「今日の日直はあたしなんで、早くこちらの席までおいで下さいませー」

「くさい服はすぐに洗いますので、ぬいで来てくださーい」

 ミナミちゃんは体をびくんと震わせ、じっとうつむいていたけど、観念したようにうすい青色のストライプのブラウスをぬごうとした。上からボタンをはずしていく。逆らったら、もっとひどいことをされるのは目に見えていた。一学期がそうだった。「テメェが来んの遅いから、鼻、ひん曲がっちゃったじゃねぇか」とかいわれながら、モップで体中をたたかれていた。

 僕たちはその時も見て見ぬふりをした。

 今も、アケミらと一緒になって、「まじくせぇんだけど」「早く行けっつうの」というやつがクラスに大勢いる。そんなことをいわないまでも、好奇心の宿ったいやらしい目でミナミちゃんを見てるやつ、下を向いて自分は関係ないようなそぶりをしているやつ、そんなやつばかりだ。僕は。僕は・・・。僕だって同じだ。やめようよ、と思うけど、いい出せない。僕は、本当に情けない。

 ミナミちゃんは、アケミ達の席の前まで行って、制服をぬごうとした。ボタンはもう全部外れている。あー、もう、いやだ!そう思った時、

「ジブン、ボタン外れてんで」

 ミチルの声がした。ミチルは、ミナミちゃんのシャツのボタンを、ていねいな手つきで、一つずつ止めていた。

「てめぇ、なんなんだよ、テメェから先に洗たくしてやろうか?」

 ヒナノがミチルに近寄りかけた。

 その瞬間。

「ゴキリッ」

という音がアケミのあごからした。

「ゴリッ」

 ヒナノのあごから。

「ガゴ」

 ヨシコのあごから。

 何人かの女子が「キャッ」と小さな声を上げた。

 ミチルがこぶしをにぎりしめて、下から3人のあごを強烈になぐっていたんだ。ブンと音がするくらい強烈に。僕はびっくりした。

(わ、いきなりだよ。いきなり、暴力だよ)

 僕は力が抜けそうになるほどびっくりした。僕のクラスには、いじめ以外になぐり合ったりするけんかなんかなかったから。クラスのみんなも呆然として声も出せない。

 アケミ達は立ち上がりながら、何が起こったのか、自分たちはどうするべきなのかわからない様子で顔を見合わせようとしている。

 その時。

「ゴリッ」

「ゴッ」

「ギッ」

 またミチルが、3人のあごを順番になぐった。強烈に。

「なっ・・・」

 アケミ達は今度は立ち上がってこなかった。

「なぁ、ジブンら、アカンて。こんなことしたら。もう分かった?」

 ミチルは、かがみこんで、アケミ達の顔をのぞき込んでいった。その声色には、怒りでもなく、軽べつでもなく、お母さんが小さい子供に諭して聞かせるような、そんなニュアンスが含まれているような感じだった。

「いじめるんやったら、ウチいじめてみたら?な?ええか?」

 アケミ達は、ただただ、こくんこくんと首を縦に振ったり、ぶんぶんと横に振ったりをくり返した。

「なぁ、ジブンら、アカンて。こんなことしたら。もう分かった?」

 ミチルは立ち上がると、今度は、クラスの全員を見回すようにして、アケミ達にいったのと、まったく同じ言葉をいった。そう、まったく同じ言葉を。

 ミチルはいっているのだ。見て見ぬふりをしていた僕たちと、いじめをしていたアケミ達とで、何の違いもないと。僕は恥かしさで顔が真っ赤になった。「ゴメン」というようなことを口にしようとしたけど、その言葉が正しいのかも、その言葉を口にしていいのかも、全然わからなくて、結局、顔を真っ赤にしたまま立ち尽くしていた。

「はいはい席についてー」

 大村先生が入ってきた。

「おい、早川、お前らどうしたんだ、その顔」

「何でもありません」

「いや、3人とも、血だらけじゃないか、保健室、いや、救急車呼ばないと・・・」

 先生はパニックになっている。アケミ達は、

「先生、いいです、保健室行ってきますから。ちょっと転んじゃって机の角にあご、ぶつけちゃっただけなんで」といって、バツが悪そうに教室から出て行った。

「そうか・・・そしたら、えーっと、2時間目、算数。始めるぞ。どうした、真野、席について」

 大村先生は、おろおろしながら授業を始めようとした。ミチルはいったん席に戻ったけど、カバンを取って、真っ直ぐ先生のところへ向かった。

「なんだ、真野、お前も転んだのか。保健室に行くか」

「いや、センセ、ウチは転んでへんよ」

 ミチルは、小さなため息をついたように見えた。

「あ、そうか、そしたら着席、着席、えー、次は算数だ」

「あー、もう」

 ミチルは、やれやれという顔をしている。

「センセ、ほんま、あほなん?転校してきて1時間も経たへんウチでもこのクラスで何が起こってるかすぐにわかったで。センセ、この子らの何を見てきたんや」

「何って、えっと、とにかく、着席しなさい、算数の授業を始めるから・・・」

「あ・の。ウ・チ、こ・の・ク・ラ・ス、き・ら・い」ミチルは一言ずつ区切っていった。

「なので、ウチ、帰るわ。センセ、この子らに教えてやらなあかんのは、算数なんかやないで。ちゃんと、人としての道を教えたり。人の道。これ、外れたら絶対あかん、そういうもん」

 ミチルはそういうと、まるで終業のベルが鳴ったかのように教室から出て行った。その様子は何というか、自然過ぎるほど自然で、先生も何も言えずにただ見送るだけだった。僕たちも、何も言えなかった。

 この衝撃的な1日目から、僕とミチルの話は始まる。僕は、何だかすっかりミチルに心をうばわれてしまった。いったいどんな女の子なんだろ。ヤクザの子供なのかな。やっぱ、カンサイ人だしな。

 僕らとミチルは,とっても素敵な仲間になるんだけど、この時まだ僕たちはそんなこと、思いもよらなかった。

(第1話 おわり)