わしが教えたる!父と娘の中学受験

塾に行くと遊んでくるだけになるに違いない小学5年生の長女とけ(愛称)に,何を思い立ったか受験指導を始めて没入している父と娘の記録(たまに別の話題も,そりゃぁ・・)

娘の顔を見るのも嫌だ

 会社にやってきた娘を連れてのみに行き,酒飲んで戻ってきました。

 ほんま,我が子ながら,いや,我が子だからか,腹が立って仕方がない。

 態度が悪すぎる。

 小学生がそのような態度を取ることによって自分の将来に大きな不利益を来すことを看過することは親の責任の放棄であるようにも思うけれども,一方で,これはもう,自業自得であるようにも思えてくる。

 何か出来なかったり(場合分けで4の倍数を数えるのに下二桁の04を抜かしていたことを指摘されたり(今日は最初の10分でこれ。いつも場合の数は良く出来てはいるだろうが,01234のカードを並べて4の倍数が何通り出来るか。こういうのも含めて場合分けは,小さい数から書き出していって,それぞれに何通りあるかを出して,それを足す。そのやり方を学ぶのが今やるべきであって,それをおろそかにしたからケアミスにつながっているやろ?やり方をきちんとしないと複雑な条件整理は混乱するばかりになるぞ。)),ていねいでなかったり(漢字も平仮名もろくに読めない字を書いたり)したことを指摘されると,それだけで馬のような顔をして睨め付け,やる気のなくなったオーラを全身からまき散らす。

 こちらが,どの程度のことをしても怒らないかを試しているかのような態度。

 これが挑発的なそれであれば,精神年齢の高まりも窺われて頼もしく思うところも生じるのだろうが,精神年齢が低いから,ただだだをこねているだけで,何の意味も有しているわけでもない。

 自分の大切な時間が,「チックタック,チックタック」と経過していき,ライバル達との差が,ただでさえ100メートル競走で50メートル差を付けられている状態なのに,また1メートル,また1メートルと,開いていく。

 兎が走っているのに,うちの馬面のカメ野郎はただ停止している。

 それで平気なのだろうか。

 やっぱり,幼すぎるのだろうか。

 何をするでもなく,貴重な11才,12才の時間を過ごすことの意味を理解できないのだろうか。

 もう,こっちは体の中を焦燥感と怒りと徒労感とがぐるぐると回り,どうにでもしやがれ,と思う。

 そう思ってはいけないことは分かっているつもりでも,どうしても,そう思ってしまう。

 本当に,止めてしまいたい。

 娘に,関わりたくない。

 でも,そんな風に思われている娘が不憫になってきて,おうおう,ええわい,飯でも食わしたる。何が食べたいねん?食べたいもん食べて,ほけーっとしてたらよろしい。

 ということでモツヤキ食いに行ったわけです。

 もちろん周りはきちんと仕事を終えたサラリーマンばかり。

 ええのか,こんなことしててええのか?

 ほんまに,ええのんか?

 娘に問い,自分自身に問い。

 酒を飲んでから,会社に戻り,読解と週テスト過去問に取り組みました(というか,今から取り組む所存です)。

 間違った行動をしたら,有無をいわさず,わしは見限る。

 そんなこと,口で何度言ったって,見限ることは出来ないのは当然だが,少なくとも,その姿勢を見せる。

 お前の1日がそれで棒にふられようとも,今後の1日を大切に生きて行くには,もう,こういうやり方しか,わしには浮かばへん。

 今日は,2時間半を無駄にした。

 そのことの意味を考えろ。

 真摯な態度で向き合うことだけは投げ出したらあかん。

 投げ出すんやったら,わしかて,投げ出す。肝に銘じろ。

 

 揺れ動きます。

 わしの心は,本当に,揺れ動きます。しかし,これは,親子受験の偽らざる真実(というか,大部分。)。・・・みなさんもそうです・・よね・・かね。。

 

 11時45分追記:大丈夫,立ち直ってます。がんばって・・みます。

 

  翌10時追記:昨日は12時近くまでやりました。あまり遅くなるのは良くないけど,自分で言ったんだから,週テスト過去問1セットはやろうな,と。今日はがんばろうと思います。

 親が教えることの難しさはあちこちで指摘されているし,やめておけ,という忠告も世の中にはあふれています。

 しかし,それでも,わしが教えたる!と決めたわけです。それが最も娘のためになると考えたからです。わたくしも,精進せな。唯一の同盟国にして最大の敵,娘に負けてたまるか。

 

ほんま,受験指導って,あれですね!


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