わしが教えたる!父と娘の中学受験

塾に行くと遊んでくるだけになるに違いない小学5年生の長女とけ(愛称)に,何を思い立ったか受験指導を始めて没入している父と娘の記録(たまに別の話題も,そりゃぁ・・)

わしが教えたる

 とけちん,今日は首都圏模試です。

 あまり気にならない様子で,気楽に入場していきました。

 いまころ,受験科目がちょうど国語から算数に変わっている時間でしょうか。

 

 昨日は久しぶりに算数を多めにやりました。算数がやっぱり好きなご様子。

 それにしては円すいの側面積とか中心角とか,全然忘れてました。おいおい,図形は集中特訓したやんか。

 デシリットルって一体・・・?みたいなことも言うので,トホホ,そんなん小三の弟でも知っとるで,と思わず言いましたら,「ちょっと忘れてただけじゃん。そういうことは言わない約束じゃん」と怒られました。すみません,そうやった,そうやった。

 

 理科社会は短期間で比較的成績が伸びるだろうからそちらに注力しようか,はたまた,文章の理解を深めるという基本的かつ最も重要なことに時間を割こうか,いやいや均等にやろうか。

 悩みは尽きませんが,それよりも親子でお勉強をしていくことが可能なのかという悩みの方が相変わらず,常に深い。

 

 しかし,とけちんは,がんばるんだと(口では)いう。

 わたくしといっしょにがんばるんだという。もうええ,塾に行ったらええやんかと言うと,「一緒にやるって言ったじゃん。絶対成績上げてやるって言ったじゃん。何度でも説明してやるって言ったじゃん」という。

 お勉強への向き合い方も,好転が見られないではない。

 確実に成長している。

 成長を望んでもいる。

 昨日宣うには,「明日から10倍速でやるし」。

 

 そうであるならば,そうだ。

 一旦わしが教えたると啖呵を切った以上,それを貫徹するべきであって,あれやこれやの悩みは,わたくし一人で飲み込んで,手玉に乗せて転がし,調子に乗せて,軌道に乗せて,充実した受験生活を送らせてやる以外の選択肢はない。

 

 親が教えることにはやはり非常な困難が伴う。

 しかし,親だからこそ塾よりも良くしてやれることもあるはずだ。

 逆説的だけど,それをするには,親であるという立ち位置は横に置いておかなければならないことも往々にしてある。

 それが出来るか。

 未熟なわたくしに,それが出来るか。

 わたくしは,自分が試されていると改めて自覚しなければならない。

 娘にお勉強を教えるには,その資格がいるのだ。

 とけちん。試されているのは,お前だけじゃない。

 

 その上で,決めた。

 

 お勉強を教えたる。

 お勉強をするということのなんたるかを教えたる。

 お勉強の方法を教えたる。

 お勉強の苦しみを教えたる。

 お勉強の喜びを教えたる。

 

 あらためてゆうたる。

 わしが,教えたる。