わしが教えたる!父と子の中学受験

2022年受験の長男(ぽーやん)が麻布かどっかに入るまでのお勉強をがっつり後押し。2019年受験の長女とけは塾なしで乗り切りました。

読解力向上の決め手

 読解力。
 その確立こそは,小学生にとって至上の命題である。
 読解力はすべての真の学力の根底にある。他の科目など比較の対象にもならないし,英語であるとかプログラミングであるとか,その他の最近重要視される傾向のあるあらゆる「技術」とも異質といってよいほどの重要性がある。

 読解力の涵養・確立のために色々と考えてきたが,特効薬など見当たらない。
 読書をすれば足りるものではない。
 読解問題の数をこなすばかりでも何かが足りない(しかし,継続する。問題を解けというのが目的であるから,問題演習からはなれきってしまうことはできない。)。
 語彙力を短期的に強化しようとしても,それも難しく,読解力の強化に直結もしない(しかし,継続する。語彙力は,マストレスな結果にリダンメントする,みたいな言い回しに翻弄されない,会話・議論における強靱さを支えるものでもある)。
 音読も,それのみで確実な効果が生じるものとも思われない(これも継続する。)。
 
 上のとおり,これらはもちろん重要・有意であって,今後も継続していきたいが,今般,「要約力」というものに焦点を当ててみようと思うに至った。
 要約は,精読を要し,主題と主張を明確に意識することを不可欠の前提とし,総合的国語力を動員して文章をまとめ上げる作業となる。
 そうだとすれば,要約をすれば,その作業を通じて,(広義の)読解力に関する能力に係る頭のいくつかの部分が広範囲に刺激され,網羅的にといって良いほどの範囲で強化されるに違いないと思えてきたのである。おお,書いているとますますそう思えてきた。なんだか,確信めいてもきた。。

 この作業は,子ども本人にも,(特に慣れていない初期には)大きなストレスと苦痛と苦手意識を与え,親にも,適切な添削を行って要約を過不足なく的確に行い,かつ,その結果完成する模範解答を,小学生の持つべき(現在持っているものに限定する必要はないが)技術の範囲内で完成させるという,相当に難易度の高い行為を行わなければならないという負担を強いることになるだろう。
 指導者自身の要約力が適切なものであるか否かも,頻回に自問することにもなろう。むしろ,適切であるかどうかの判断ができているかどうかをそもそも判断できないという事態の方が多発するようにも思われる。
 しかも,要約は10や20を行ったところで読解力がにっと萌芽し,そのまますくすくと訓養されていくものでもなかろう。100,200と継続していくうちに,いつの間にか芽を出していることに気が付く,という性質のものであることが容易に想到される。
 要約学習は外注するという選択肢もあり得るが,子どもの要約作成の直後に添削指導をするのが望ましいに決まっている。作成から添削までの時間の経過は,指導の効果を大きく減殺させるだろう。

 いずれにせよ,非常な根気を要する勉強である。
 しかし,先の見えない苦労を前にその決意を鼓舞する友となるのは,読解力というものが,「ほとんど劣化しない」ものであろうということに対する悲壮な楽観にも似た期待である。
 読解力は,一度身につけば,そうそう弱ってしまうものではない。国語の成績が短期的に大きく変動するということは聞かない話ではないが,子どものころ国語が得意だった人は,大人になってもずっと得意だという例が圧倒的に多い。つまり,確立したという程度に至れば,もう盤石なのだ。確信した。よし。よしよし!

 さぁ,そうと決まれば,ぽーやん。よし,よしよし。ここはひとつ,やらねばなるまい。
 トーちゃん,要約の基本はお勉強しておきましたからね。
 さっそく,次の土曜から始めるぜぃ!
 とりあえず1日2つ(少なくとも1つ),年内,やってみよ!