わしが教えたる!父と子の中学受験

2022年受験の長男(ぽーやん)が麻布かどっかに入るまでのお勉強をがっつり後押し。2019年受験の長女とけは塾なしで乗り切りました。

ブツブツの効用

 ぽーやん、問題を解くときにしょっちゅうぶつぶつ言います。

 これを聞いていると、考えていることが良く分かり、後でアドバイスする内容が見えてきて助かります。
 関西国際空港とだけ書けばいいのに、「うるさいから海の上、泉佐野、悪いとこー」などとつぶやきます。
 こういうときは、よしよし、よう知ってるやん、と言います。
 泉佐野にゆかりの方がおられたらすみません、悪気はないんです。
 ふるさと納税で返礼品を地場産品に限らず、しかも結構多くして、国から文句言われて、もうふるさと納税させたらへん、ゆわれてん。
 で、そんなこと言われたら困るわ、ゆうて裁判になって、国との訴訟で地裁高裁で2回とも泉佐野市は負けてん。
 で、最高裁で上告審が開かれることになってん(まさに昨日開かれたようですね)。最高裁で開かれるっちゅうことは高裁の判断が変更されるゆうことやな。
 今までの慣行からするとな。
 最高裁は高裁と結論変えへんときにわざわざ裁判する暇ないから、裁判やるでゆうだけで、あ、逆転裁判や、ゆうことになんねん。そりゃ例外もあるで。結論変えるわけやないけど、ちょっと憲法の番人、人権の砦として、ゆうておきたいことがあるとか、法律などの解釈の統一を図るために(裁判官は独立を守られているけど、地方の裁判所がばらばらに裁判をしたらやっぱ混乱するからな)、この法律はこうゆう風に読むのが正しいのであるってゆうておく必要があるとかな。
 しかし、ちょっぱややで。思い出の事件を裁く最高裁、っちゅう川柳があるくらい最高裁は遅いって言われててんけどな、今回は今年高裁の裁判が終わったばかりで、、もう最高裁で裁判やるでって決めたんやからな、
 という話を覚えていてくれたのでしょう。
 関空がらみで泉佐野よくテストに出てくるから印象付けようと、国と裁判してる、と言ったという次第で、悪いとか悪くないとかは一言も言っていないのに、ぽーやんの中では国と裁判=わるい、ということにでもなったのでしょうか。
 公害の時にも話したのに。国との裁判は珍しくないし、国が負けることだって少なくないんやで。

 しょうしかしょうしか少ない子供ーとつぶやいていたら、ああ、ちゃんと書けてるんやな、と分かる。
 ・・・と思ったら、小子化と書いてる場合もありましたが。どうやったら少ない少ないと言いながら小さいとかけるのか・・

 国語も、調子がいい時にはつぶやきます。ア、日本人は謝ることが好きなので・・・ちゃうわーい!デビシッ!ヅクシッ!などと言いながら選択肢を勢いよく消していく。
 父親の愛情に触れて・・・?ちゃうわーい、そんなこと書いてへんわーい、ブツクシッ!と調子よく消し、ほかの選択肢を検討もせずに次に行こうとするので、
 おいおい、全部読め。
 なんで?
 いや、間違ってるし。
 なんで?なんで?
 お前が勢いよく消したやつ、それがこたーえだし。
 ということも往々にして起こりますが、ああ、そういう段階で選択肢を消していってるわけね、今のレベルだとどっちかといえば選択肢の後段の悲しくなっている、腹立たしくてたまらなくなっている、残念でならないと思っている、というようなところから判断した方が楽なのに。まぁ、選択肢もきちんと部分に分けて吟味しないと、一部はあってるけど他の部分が間違ってる、というのが今後は普通になるからな、というアドバイスをし、答え合わせの時にはすべての選択肢について吟味していくのがよさそうやな、などと思うわけです。

 まぁ、圧倒的に多いのは効果音的つぶやきで、8パイきた、ヅクシ。等積変形、グイーン、デシクシ、みたいな。
 これには何の効用もありませんが。。