わしが教えたる!父と子の中学受験

2022年受験の長男(ぽーやん)が麻布かどっかに入るまでのお勉強をがっつり後押し。2019年受験の長女とけは塾なしで乗り切りました。

算数ムズ問特訓

 ぽーやんのお友達、先日やってきて旅人算がすごく良くできるようになったといっているようで、おおそうか、わしもうれしいぞ。
 で、ご自宅でもスッパスッパと問題を解いているのをご覧になったご母堂様が、算数特訓を開催せよと。

 まじか。
 まぁ、ほんじゃ、やろっか。
 受講料は・・・ちゃんと静かにお勉強できる良い子は免除させていただきます。。

 早速、昨日、やりました。
 夕方から、・・・途中カレーをかっ込んで10時半まで・・

 まずは旅人算の応用問題を5ページ。
 二人とも、一応、おおむね解けはする。
 しかし、なんというか、まだまだ荒いなぁ。
 ヘロヘロの線書いたり、妙にでかすぎる線を引いたり。ま、練習あるのみでしょ。

 例えば、二人の人が、一人はゆっくり歩き続け、もう一人はちょっと速く何分か歩いて何分か休むということを繰り返して抜きつ抜かれつするという問題。
 どういう位置関係になるのかを正しく把握するには、ちゃんと書かなあかん。
 何分、何メートルと、きちんと書き込んでいかな。頭ごっちゃごちゃになるで。
 それからな、こういう、歩いて休むみたいな歩き方をしている人との関係を聞かれているときにはな、自分でダイヤグラムを書いてみるのがええねんぞ。
 どっちがどこで抜いて抜かれるのか、視覚的に分かるで。
 しかも、どっちか一人が逆方向から歩いてきたり、時間差で歩き始めたりしても、全然対応可能。逆から10分遅れで歩いてきて2回目に休んでいるときに出会うときの速さの範囲とか、もう、何でもわかる。視覚的にわかる。
 ムズ問にはダイヤグラムという選択肢を外してはいかん。今から意識しておかなあかんで。

 時差出発は、例えば5分後に出発する人がいればもう一人を5分歩かせればいいねんけどな、複雑な場合(バスなどが多い。AB地点ではちょっと止まっちゃう、みたいな動き方をするやつ。)はな、勝手に決めんねん、時間を。24分後にバスの出発時刻が来るというのであれば、今は8時30分で、バスは8時52分に出発するとか。そうやれば、動きがごちゃごちゃする二つのものに共通の「時間」ができて、あらま、ずいぶんと整理されるで。

 ダイヤグラムは、二人とも、比を探すことばっかり格好いいと思ってるきらいがあるけど(塾で習っていないので、「比で解く」ことに優越感を持つらしい)、そればっかりではあかんで。
 何か二つが移動する。一つのものの移動した距離は分っていて速さを聞かれている場合、もう一つのものの速さが分かっている場合が多いから、その間に移動した距離を丁寧に見れば、時間が分かるから速さも計算できるねんで。
 そういう地道な作業が結局はものをゆうねん。

 応用問題に思いのほか苦戦し、週テスト過去問へ。
 うーん。今回のは難しかった。
 二人ともぶつぶつうるさいから、おっちゃん、気が散って集中できひんやん。
 おっちゃんはな、ただ解くという作業をしているわけではないねんで。キミたちができなかったときに教えてあげるべき解き方を考えながらやってんねん。邪魔すんな。というより、おっさんに負けてる場合か、現役君たち。
 とイライラしながらやっていると、いつの間にか残り時間が3分に・・・最後の大問が丸々残っている。。
 がきんちょ二人は、もうだめだし。今回の、難しくね?とか、もう終わったモードになっていやがる。
 そんな姿勢じゃあかん。だめだめ。
 見とれよがきども。3分あったらやるんじゃ。
 と、わーっとやって、ピピピの5秒前に解答欄に数字書きこんで、どうじゃお前ら、気合が足りんのじゃ、ボケーっとしとる暇があったら小問一個でも取りに行くんじゃーーーい。
 と、わたくしが最もハッスルした感じで、なんとも妙。
 
 難しかったから当たり前だけど、解き直しにもやっぱり時間がかかっちゃった。
 難しい問題は二つの解き方を示してみたり、「比がー」というので、より難しくなっちゃうけどわざわざ比を使って解いて、な?この問題では使うという選択肢はないやろ、とご理解いただくよう努めたり。

 さー疲れた。
 と思ったら、まだやれという指示が。。。ぽーやんは俺もうだめだしピーポーとか言っているが、少年は「わたしはまだできる。やりたいもん。」などと健気なことを言う。

 よっしゃ、ほんなら、国語でもやろか。
 ということで読解問題を。今週の単元は説明文。
 今どきの子どもは塾だマンガだと忙しく、創造的にもなれない。不幸である。それに引き換え私は時間を持て余してきて立派になったのである的な文章に、子どもたち二人とも不愉快を隠し切れないでいる。
 よっしゃ、不愉快な文章だと思っているなら、せっかくなので、その目線で文章を見ていこう。
 お、哲学者カタカナもこう言っているのであーる、ゆうてはるな。えらい人の言葉を引っ張ってきて自分が正しいことを強調しようとする、虎の威を借る狐戦法やな。他人の力まで借りるなりふり構わなさから、ここは譲れへんわ、と思ってはるんやろう。
 お、人生はいわば「プラスティックでできたレールを走るようなもの」である(←実際の文章はこんなんではありません)。
 いわば何々。何々が比ゆ的であったり、ちょっと言い得た感じになってない?みたいなときには、「」ではさんであったりして、書いている本人は、やったったで、うまいことゆうたったで、どうや!みたいな気分に浸りきってる、自己陶酔型やな。自己陶酔型の場合には、その「いわば」を何度も使う傾向にあるから、その内容はちゃんと理解してやらなあかんな。
 〇〇の定義は三つある(で、まぁ、自明のことが書いてある。)。ここに、4つ目を加えたい。。。自己陶酔から抜けきらんままに大きく出る系やな。でも、さすがにいきなり大きく出ると馬鹿みたいだから、ちゃんと伏線は引いてある。虎の威を借りたり、自己陶酔的「いわば」を使ったりして話題の中心に持ってきたことについての総まとめやな。だから、そんなにびっくりすることが書いてあるわけやないな。

 記述も書いて。模範的な記載例に併せて、子供たちが書き始めるであろう余事事項をあえて入れて、入れるべき必要事項を短縮して無理くり押し込んだものを示し、ほら、ちょっとしくじっても、時間がなければこうやって挽回できるで、記述は。 
 選択肢も肢ごとに検討して。論理がうまいこと逆に書いてあるものとか、選択肢だけ読めばもう完全に間違っていようのないこと(自然は大切であって人間は自然に学ぶ必要があるとか)が書いてあるとか。

 という感じで遅くまでやりました。
 さすがに疲れ果てた様子で、くたんと寝始めようとしてました。いや、お疲れさん。

 お帰り時には、「じゃ、また来週きまーす」やって。

 かわいいやっちゃ。
 帰ってもまだ家でやらなければならない課題があるといっていました。
 ほんとに大変やなぁーー。

 また一緒におべんきょしよなー。