ぽーやんと読解問題をやるとき,基本的にはぽーやんに音読してもらうのですが,わたくしが音読することもあります。
物語文などは,抑揚を付けて読む。
それだけでも設問に対する正答率が全然違う。
音読しながら,もう,せっかくだから,文章の解説を並行させることもあります。
例えばうつむいたりしていたら,あー,やっぱ自分がゆうたこと後悔してんねんで,とか,
うわ,いきなり空晴れてきたで,もやもやが晴れてすっきりした気分になっとるのが見え見えやなぁ,とか
父親に対する負の感情が最初に出てきたりすれば,あー,これ,絶対何か起きて父ちゃんの愛情を思い知ることになるで,とか,
読解問題を解いていくときに着眼したり,先読みをしたり,という感覚を共有できればと思って,そんなことを付け加えながら読んでいくわけです。
そうすると,当たり前だけど,設問に対する正答率は格段に変わってくる。
実戦でわたくしが音読してやるわけにはいかないけど,日常のお勉強の場面では,こういうのも効果があるんじゃないかと思ってやっています。
自分で読むより頭に入る。いつまでもそんなわけにはいかないから,どうすれば自分で読んで頭に入っていくかを考えて欲しいんですが,それは,読みの勘所を押さえながら一緒に読んでいくというのを繰り返していくしかないのでしょう。
要するに,問題文が読めていない。
コイバナなんてぽーやん,最も苦手とするところで,主人公がちょっと思いを寄せている子を,え,何?こいつ男じゃねぇの?なんだ,女かよ,などと全くとんちんかんなことを言います。
親の愛情も分かっていない。
今回の週テスト,赤い靴をお父さんが買ってきてくれた,ぴったりだった,というのに,記述の解答が何と,「自分がお父さんから大切にされていないと思って悲しんでいる。」みたいな,真逆のことを書いてる。
いやいやいやいや,父ちゃん,ぴったりの靴こうてきてくれてんねんやで?わし,お前の足なんか,臭いということ以外に知らんで。この父ちゃんの愛情の深さを感じたれや。もう,ふるふる感動するはずやで。
ぽーやん,言い分があるようで,いや,今回の週テストは,文章を読みながら設問に行くというのを試してみたら,何かぼろぼろになってしまった,といいます。
なるほど。精読型じゃなくて,設問に都度飛んでいって時間短縮を図るというのを,「一応見せたるけど,今はまだお前には無理やからやるなよ,ばっと全体を読めるようになったら,試してみてもいいんちゃう」と言って実演してやったのですが,それを早速実戦で用いてみて失敗した模様です。
ま,失敗から学びなさい。
でも,音読,ちょっとずつ,良くなってきてる。
ひらがなをきちんと読めるようになってきている(これ,結構難しい)。やっぱり,言葉をしっかり自分のものにすることが大切だと痛感します。そうでないと,感じならまだ区切りが分かるけど,ひらがなが並んでいると,ぐちゃぐちゃになってしまう。ひらがな言葉には大事な意味が込められていることも多いし,ひらがな一文字で文章の意味が変わることもしばしばある。ひらがなをきちんと読めるというのは大切なことだと思います。
なかなか成績が上向いていかないけど,この調子で国語,根気強くしっかりやりまっしょ。
それしかないっしょ。