わしが教えたる!父と子の中学受験

2022年受験の長男(ぽーやん)が麻布かどっかに入るまでのお勉強をがっつり後押し。2019年受験の長女とけは塾なしで乗り切りました。

文章読解を通じた「常識」習得の大切さ

 ぽーやん、図鑑系の本は積極的に読むし、子ども新聞も読んでいるから、結構、いろいろ知ってます。

 リュウグウはやぶさツーだろ?え?お前の同級生がやってんの?JAXAで?飲みに行ったりしたことあんの?すげぇじゃん。

 男子にありがちな、豆知識豊富系。
 甥っ子とZOOMで鬼滅クイズ大会みたいなのをやっていたけど、即答していました。お前、なんで知ってんの?いつ読んだり見たりしてんの?
 
 しかし、いわゆる「常識」(や「常識的な感情」)は知らない(感じない)ことが往々にしてあり、これはいろんなところで問題が生じることになるだろう。
 例えば、人の善意は続かない。
 親戚のところに行ったのに畑を荒らすカラスのように見られるとは一体どういうことだ。親戚は、いつ行っても、いつまでいても、大歓迎するものなんじゃないのか。飯代けちるとかってありえねぇ。
 いやいや、お互いの生活が楽でないことは多い。いつの時代のだれもが、親戚であっても(親子であってさえ)満足に食べさせてやることができないことがある。むしろ、そういう時代や人の方が圧倒的に多いと言っていい。
 最初はよく来たなぁと言っても、どんどん疎ましく感じられ出して、最後にはまるで害虫のように扱ってしまう。そういう感情を抱くことが、普通のことであるということは、理解するべきです。もちろん、ずっとよくしてくれる人もいるでしょうけど、そういう人は、自分の痛みより他人の痛みを軽くすることを重視する、良い人。

 例えば、人は互いに阻害されたくないために阻害しようとする。
 なんだよ、別にみんな仲よくすりゃいいんじゃね?イジメとか?そんなの普通なくね?
 いやいや、人間3人いたら1対2に分かれますよ。そういうもんなんす。学校や会社とか、どんな年齢の、どんな目的を持った組織でも、人間の集団である限り、疎外の問題は必ずと言っていいほど起きる。それが自然なんです。疎外されたくはないが、そのためには人を阻害しておくのが安全だと思うんですね。
 
 例えば、親は子を無条件に愛する。
 それが「普通」だと言われています。で、「普通」であることができないと自分を必要以上に責めたりします。
 え?お前も?俺のこと愛してるとか?きしょ。きしょきしょ。
 いやいや、おれはそうでもないよ。お前の足のにおいが臭いとしか知らん。誕生日くらいは知ってるけど。
 でも、「普通」の親は、子どもの足の大きさを知っていたりする。口にしていないのに子どもの気持ちを理解していたりする。愛のなせる業ですね。
 お前らおれとかママの足の大きさまで知らんやろ。そういうもんですよ。親の子への片思いね。
 で、愛情を感じるのが「普通」だと言われると、そうでない自分は変なのではないかと悩み、余計におかしいことになることがある。難しいで。まじめな人ほど、悩まはるやろな。そういう深い悩み。悩めば悩むほど自分を責めることになっていく悩み。ちょっと、想像して、理解を及ぼしなさい。

 そんで、常識的な感情のうちぽーやんが理解ができない最たるものが「コイバナ」系。好きだとか、好意を寄せている、というのが、分かんない。
 え、なんで?別に好きとか嫌いとかに男だからとか女だからとかなくね?などという。
 いやいや、恋です、恋。
 まじかお前、小5なんやから、恋ぐらいしてこんかい、と完全に無用なおせっかいな気持ちが生じる。
 どうにも分からないぽーやん、しょうがないといった面持ちで、「〇〇のことがすごく好きだという気持ち」みたいに書いてる。
 いや、程度の問題ではなく、質が違うねんよ。

 こういう、常識や背景知識は、たくさん知っておくに越したことはない。
 読解問題をやっているときに出会った「常識」を説明していくのが恣意的にならなくてよさそう。
 これやりだすと読解問題の解説に時間がものすごくかかることになるのが悩ましいところ。
 しかし、文章を読むのに不可欠ないしあった方が断然有利な知識はたくさんあって、しかも社会や理科の素養とも関係してくる。

 時間との戦いになるが、ま、男の子にありがちな偏り(例えば「戦争」話)に流されないでいさえすれば、有益な学びとなるでしょう。

 脱線をほどほどにするということを心掛けて、やっていこう。